富山県知事の新田八朗さん。
実は、新田さんの実家が代々、政治家でやばいと話題になっています。
今回は新田さんの実家について検証していきます!
新田八朗のプロフィール
名前:新田 八朗 (にった はちろう)
生年月日:1958年8月27日
出身地:富山県富山市
最終学歴:一橋大学経済学部
前職:日本海ガス社長
所属政党:無所属
趣味:スポーツ観戦・旅行
新田さんは富山県立富山高等学校卒業後、一橋大学経済学部に進学。
大学卒業後は、第一勧業銀行(現みずほ銀行)に入行。
1983年に父親が病で倒れたため、富山に帰京し日本海ガスに入社しました。
1985年には日本海ガス取締役に就任。
2020年から富山県知事に初当選し、現在2期目です。
新田八朗の家系図
新田八朗さんの家族は
父:新田嗣治朗 (日本海瓦斯元社長)
母:新田勢子
姉:高橋はるみ (参議院議員・元北海道知事)
新田八朗
となっています。
父方の祖父は新田興一さんで日本海瓦斯元社長、創業者ですので代々、政治家というのはデマでした。
新田八朗の父親
新田八郎さんの父親は、新田嗣治朗さんで出身は能登のようです。
嗣治朗さんは、日本海ガス元社長です。
当時はまだ国内でも数少ない経営者の1人だったんだとか。
瀧廉太郎が幼少期、富山市で育ったことを富山市がPRしないことを悔やんでいました。
「知らされなければ、なかったことと一緒」が持論で、「瀧廉太郎祭り」を毎年開催することに。
瀧廉太郎のブロンズ像を建立することになった時には、発起人を引き受けています。
自宅が豪邸かは情報が見つかりませんでしたが、実業家でこれだけのことをやれるとなると大豪邸で間違いのはないかと…
結構、やり手な社長だった感じがしますね。
新田八朗の母親
新田八朗さんの母親は新田勢子さんです。
一般人のため、詳しい情報は見つかりませんでした。
しかし、勢子さんの父親(新田八朗さんの母がの祖父)である高辻武邦さんは元富山県知事です。
東京帝国大学法学部政治学科を卒業後、内務省に入省し大阪府知事も務めました。
その後、当時富山県知事を務めていた館哲二さんに招かれて副知事になりました。
しかし、館さんが公職追放によって辞任。
知事選に出馬し、当選して富山県知事を2期務めました。
新田八朗さんは代々政治家ということでしたが、母方の祖父が政治家なだけでしたね。
新田八朗の姉は高橋はるみ
新田八朗さんの姉は高橋はるみさんで元北海道知事です。
高橋はるみさんは、1954年1月6日に東京都で生まれ、中央大学法学部を卒業後、1977年に自治省(現・総務省)に入省しました。
北海道での行政経験を経て、2003年に北海道知事選挙に出馬し、北海道初の女性知事として当選を果たしました。
知事就任時、北海道は深刻な財政危機に直面していましたが、積極的な財政再建に取り組みます。
同時に、北海道の強みである「食」と「観光」を重点政策として位置づけ、食の安全・安心の確保や観光振興による地域活性化を推進しました。
2008年の洞爺湖サミット開催は、北海道の魅力を世界に発信する重要な機会となり、その後のインバウンド観光の増加にも貢献。
また、アイヌ政策の推進や再生可能エネルギーの導入にも力を入れ、北海道の持続可能な発展に尽力しました。
4期16年の長きにわたり知事を務めた後、2019年に退任。
その後、参議院議員選挙で当選し、2020年には第2次安倍第4次改造内閣で内閣府特命担当大臣に就任しました。
2021年の第4次菅改造内閣まで大臣を務め、国政でも手腕を発揮しています。
高橋はるみさんは、夫の高橋俊宏氏(元福島県職員)とともに公務に邁進し、2014年にはフランス政府よりレジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受章するなど、その功績は国際的にも評価されています。
日本の女性知事のパイオニアとして、地方自治の発展に大きく貢献した政治家として知られています。
高橋はるみさんも超エリートだったんですね。
まとめ
富山県知事の新田八朗さんの実家の家族についてお伝えしました。
代々、政治家ではありませんでしたが、新田さんのお姉さんと祖父が政治家でした。
新田さんの後継者も気になるところではありますね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。