元自民党で政界を賑わしている池田佳隆さん。
超高学歴だと噂になっていますが
池田佳隆さんの学歴や経歴が気になりますよね?
今回は、池田佳隆さんの学歴や経歴について調査していきます!
池田佳隆のプロフィール
名前 池田佳隆 (いけだ よしたか)
生年月日 1966年6月20日
出身地 愛知県
所属 無所属
妻と一男二女の5人家族で
長女の有里紗さんはインフルエンサーとして活動していましたが
現在は非公開になっています。
池田佳隆さんは、10年に及び
母親の介護もしていたそうですが
平成19年に他界しています。
池田佳隆の学歴
池田佳隆の学歴は
東海中学校・高等学校
成城大学
慶應義塾大学大学院
となります。
詳しくみていきましょう。
東海中学校・高等学校
東海中学校・高校は愛知県名古屋市にある中高一貫校の男子校です。
中学校の偏差値は62、
高校の偏差値は72で愛知県内でトップ!
とても人気のある学校です。
中高一貫校なので、高校へは内部進学ですね。
東海高校は国公立医学部への合格者が
15年連続で1位となっています。
しかし、池田佳隆さんは当時、あまり勉強が
好きではなかった(できなかった?)ようで
高校への進学はギリギリの成績だったそうです。
といっても、偏差値72の世界の話です(笑)
周りが勉強ができすぎるっていうのもあるんでしょうね。
成城大学
東海高校卒業後、成城大学法学部法律学科に進学しました。
成城大学は名前の通り、東京都世田谷区成城にある大学で
ワンキャンパスに全ての学部と大学院が設置されています。
成城学園前駅から徒歩4分と好立地ですね。
ここで、池田佳隆さんは法律を勉強しています。
卒業生には総理大臣を務めた羽田孔さん、
小宮山洋子さん
小渕優子さん
など多くの政治家がいらっしゃいます。
この時はまだ、政治家を目指していたわけではないようですが
これがのちに役立つんですね。
慶應大学大学院
成城大学を卒業後、池田佳隆さんは
慶應大学大学院へ進学し
経営管理研究科修士課程を修了、
経営学修士の学位を取得しました。
よって、池田佳隆さんの最終学歴は
慶應大学大学院修士課程ということになります。
巷では、東海高校卒業で成城大学だと恥ずかしいので
慶應大学院で学歴ロンダをしているとも言われています。
しかし、元々頭がいいのですし
お父さんが会社の社長だったので
いづれ継ぐことを考えての進学だったのではないでしょうか。
池田佳隆の経歴
池田佳隆さんの経歴は
1990年? 三興コロイド科学
1993年 名古屋青年会議所 入会
2000年 同所 理事
2003年 日本青年会議所東海地区協議会 理事 就任
2004年 名古屋青年会議所 理事 就任
2005年 名古屋青年会議所 副会頭 就任
2006年 名古屋青年会議所 会頭 就任
2006年 文部科学省新教育システム開発プログラムステアリング・コミッティー委員
2012年 第46回衆議院議員総選挙 愛知3区 自由民主党から出馬 初当選
2014年 第47回衆議院議員総選挙 比例復活 東海ブロック 再選
2017年 第48回衆議院議員総選挙 比例復活 3選
2021年 第49回衆議院議員総選挙 比例復活 4選
となります。
世襲議員ではないようですね。
詳しくみていきましょう。
三興コロイド化学
池田佳隆さんの父親は早くに亡くなったため、
父親が起業した会社・三興コロイド化学に入社、
20代半ばで代表取締役になりました。
三興コロイド化学は、上下水道や地下鉄、
道路などの建設に必要な薬剤を主製品として扱っている会社です。
販売は日本国内だけではなく、アジア圏も対象になっているようです。
現在、代表者が池田史帆さんになっています。
池田佳隆さんの姉妹なのかと思いましたが、
佳隆さんは60手前なので、姉や妹がいたとしても、
結婚して名前が変わってる可能性が高いです。
そうすると、池田佳隆さんの嫁なのかなー、
なんて想像しちゃいますね。
名古屋青年会議所
1993年に池田佳孝さんは
名古屋青年会議所に入会しました。
2000年には理事になり、
2005年に副会頭、2006年に会頭に就任します。
青年会議所とは、”明るい豊かな社会”の実現を同じ理想とし、
次代の担い手たる責任感をもった20歳から40歳までの高い志を持った青年の団体
若くして常に責任のある経営者になり
社会にも貢献しようとしていたんですね。
普段は会社の仕事をし
休日は青年会議所と大忙しだったのではないでしょうか。
ちなみに…お給料は出るようです。
文部科学省新教育システム開発プログラムステアリング・コミッティー委員
2006年、池田佳隆さんは
文部科学省新教育システム開発プログラムステアリング・コミッティー委員になります。
この名前が長い委員、文部科学省のHPを見ると
「新教育システム開発プログラム」の実施主体は文部科学省であるが、
このプログラム全体の活動が戦略的かつ効果的なものとなるよう
有識者から構成される「ステアリング・コミッティー」を設置
とありました。
そこで元々、政治家になるつもりがなかった池田さんですが
この委員会で故・安倍晋三さんと面会します。
その時、北朝鮮がミサイルを発射しました。
安倍晋三元総理は
「安心してください、見本は私たちが必ず守ります。」と述べ
国民を守ることは政治家の使命なんだと強く感銘し
政治家になろうと決心したそうです。
衆議院議員総選挙 初当選
2012年、第46回衆議院議員総選挙で自由民主党から出馬し初当選を果たします。
政治家を志してからたったの6年で
衆議院議員になりました。
相当な努力をしたものと思われます。
そこから4選連続当選していますが
初当選以外は比例での復活当選です。
政治家としての主な経歴は
文部科学部会 副部会長
与党わいせつ教員根絶立法検討ワーキングチーム 事務局次長
超党派 子ども性暴力根絶PT 座長代理
教育再生調査会 ウィズ・コロナ下における初等中等教育・高等教育のあり方PT 副主査
青少年健全育成推進調査会 青少年(幼児・児童・生徒)への性暴力防止PTメンバー
女性活躍推進本部 幹事
北朝鮮による拉致対策本部 幹事
日本経済再生本部・規制改革推進委員会 委員
2020年オリンピック・パラリンピック東京大会実施本部
などです。
池田佳隆さんは「教職員性暴力防止法」を発案、成立させました。
まとめ
池田佳隆さんの学歴、経歴についてお伝えしました。
20代半ばで父親の会社を継いでたとは驚きです。
今は色々言われていますが
また国のために頑張って欲しいですね。