川田龍平の学歴や経歴は?一浪し大学卒業まで8年かかった!?

松本大学非常勤講師や党国会議員団総務会長などの経歴を持つ川田龍平議員。

非加熱輸入血液製剤によってHIVに感染し、東京HIV訴訟の原告の1人になったことでも有名ですね。

そんな川田龍平さんの学歴や経歴をご存知ですか?

今回は、川田龍平さんの学歴や経歴について調査していきます!

目次

川田龍平の学歴

https://mainichi.jp/premier/politics/川田龍平/

川田龍平さんの学歴は

小平市立小川東小学校
小平市立小平第二中学校
東京都立小平高等学校
東京経済大学

となります。

詳しくみていきましょう。

小平市立小川東小学校

https://ameblo.jp/motoko-oobayashi/

川田龍平さんは1988年に小平市立小川東小学校を卒業しました。

この小学校は、元全日本バレーボール選手の大林素子さんの母校でもあります。

(上の画像の女性は大林さんです!)

しかし、小川東小学校は児童数の減少により

2001年4月に小平第六小学校と統合されました。

現在は、小川東小学校は市民活動支援センターとして使われています。

https://www.city.kodaira.tokyo.jp/

川田龍平さんは生後6ヶ月で血友病と診断されています。

そして、その治療に使われた非加熱輸入血液製剤によってHIVに感染しました。

そのことを、10歳の時に母親から告げられたそうです。

10歳といえば小学校4年生か5年生ですよね。

かなりつらい知らせだったのではないでしょうか。

小平市立小平第二中学校

https://www.homemate-research-junior-high-school.com

1991年に川田さんは小平市立小平第二中学校を卒業します。

川田さんの中学生時代のエピソードは見つかりませんでしたが

WBCで日本を優勝に導いた栗山英樹監督の母校でもありました。

https://www.bjd-jp.org/archives/column/2471

東京都立小平高等学校

https://www.minkou.jp/hischool/school/2858/

川田さんは中学校卒業後、東京都立小平高等学校に進学しました。

川田さんが入学したときは、こんなかっこいい校舎ではなかったと思いますが…

偏差値は59で都立高校ではめずらしい英語コースがあります。

夏休みはアメリカへの短期留学もあり人気のある高校です。

卒業生には柳原可奈子さんや岸谷五朗さんもいらっしゃるそうですよ。

川田さんは1992年9月、東京HIV訴訟の裁判に参加することを決意しています。

高校2年の時、それまで友人に黙っていた血友病やHIVのことを公表したそうです。

1993年9月には、 初めて裁判を傍聴し原告団に加わります。

これは、川田さんの人生において、大きな分岐点になったのではないでしょうか。

東京経済大学

https://school.js88.com/scl_dai/2043800/

1995年、川田さんは東京経済大学経済学部に進学します。

1994年に高校は卒業しているので、一浪したみたいですね。

東京経済大学は東京都国分寺にある私立大学です。

駅からは離れており、大学の手前は坂なので夏はつらいようですが

就活に強く人気のある大学です。

スガシカオさんや俳優の井浦新さんもここの卒業生ですね。

川田さんは、入学直前の1995年3月に原告として実名を公表しています。

その1年後の1996年3月には、東京HIV訴訟和解成立(実質原告勝訴)となりました。

1998年からは休学し、ドイツのケルンに語学留学していますが

2000年、母親の川田悦子が衆議院選挙に立候補したため帰国します。

2003年に大学は卒業しますが、復学はいつだったのかは謎です。

4年以上かけて大学は卒業したようです。

川田さんはドイツに3年ほど留学していたので

幅広い視野を持っていそうですね。

川田龍平の経歴

https://go2senkyo.com/

川田龍平さんの経歴は

2000年 母・川田悦子の衆議院議員の秘書
2003年 松本大学非常勤講師
2007年 参議院選挙にて無所属で出馬し当選
2009年 みんなの党へ入党。党副幹事長、政調会長代理に就任
2013年 第23回参議院議員通常選挙にみんなの党全国比例区から出馬し再選し結いの党結党
2014年 維新の党結党。党国会議員団総務会長に就任
2019年 第25回参議院議員通常選挙に立憲民主党公認比例区で出馬し3選
2021年 立憲民主党参議院政策審議会長に就任

となります。

詳しくみていきましょう。

川田悦子議員の秘書

http://nsp-tokushima.way-nifty.com

1998年からドイツに語学留学をしていた川田龍平さんですが

2000年に帰国をします。

そのわけは、母親の川田悦子さんが衆議院選挙に出馬し

その手伝いのためです。

悦子さんは見事当選、そして川田さんは秘書になりました。

しかし、この時はまだ学生だったんですよね。

留学のために休学をしていましたが、

母親の秘書を全うするため、そのまま休学をしていたのかもしれません。

松本大学非常勤講師

https://www.matsumoto-u.ac.jp

2003年、松本大学で非常勤講師を務めていました。

「生命倫理」「社会活動」「ユニバーサルデザインと地域」を担当していました。

衆議院議員

http://www.asahi.com/

2007年、「動けば変わる」を掲げ第21回参議院選挙に出馬、

市川房枝さん以来42年ぶりに無所属当選を果たしました。

https://www.chunichi.co.jp/article/799943

川田さんは、19歳の時に未成年者として初の日本人HIV感染者として実名を公表しています。

これにより、川田さんの顔と名前が世間に知られるようになっていたのが

当選した一つの要因かもしれませんね。

議員になってからの経歴は

2009年 みんなの党へ入党し党副幹事長、政調会長代理に就任
2013年 第23回参議院議員通常選挙にみんなの党全国比例区から出馬し再選し結いの党結党
2014年 維新の党結党。党国会議員団総務会長に就任
2017年 立憲民主党に入党
2019年 第25回参議院議員通常選挙に立憲民主党公認比例区で出馬し3選
2021年 立憲民主党参議院政策審議会長に就任

となります。

当選してから無所属でしたが2009年、みんなの党に入党します。

2012年には放射線から子供や妊婦を守る「子ども・被災者支援法」を発案、成立させました。

2013年、みんなの党を離党し「結いの党」を結党します。

その後、維新の党や民進党を経て現在は、立憲民主党に所属しています。

また、川田さんは厚生労働委員会に所属し、医療の専門家を呼んで

勉強会などを行なっているそうです。

まとめ

http://www.harutamanabu.com/?p=1601

川田龍平さんの学歴や経歴についてお伝えしました。

いかがだったでしょうか。

支持者が多い議員であることは納得できたのではないでしょうか。

今後の活躍が楽しみな議員の1人ですね。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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この記事を書いた人

はじめまして、みーです!
 
埼玉在住の歯科衛生士です。

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