滋賀県知事の三日月大造さん。
鉄道マンから政治家への道を歩んだユニークな経歴の持ち主です。
運転士として現場を知り、労働組合でリーダーシップを発揮し、そして国会議員を経て滋賀県知事となりました。
現場主義と対話を重視する姿勢は、その経歴から培われたものかもしれません。
今回は、そんな三日月さんの学歴や経歴について調査していきます。
三日月大造のプロフィール
名前:三日月 大造 (みかづき たいぞう)
生年月日:1971年5月24日
出身地:滋賀県大津市
最終学歴:一橋大学経済学部
前職:西日本旅客鉄道従業員
趣味:読書、旅行、テニス、版画、書道、街巡り、鉄道
三日月大造さんは、1971年5月24日に滋賀県で生まれました。
現在は妻と2男1女の5人家族で暮らしています。
2002年に父親をがんで亡くした経験から、「有限の生を完全燃焼させる」という強い信念を持つようになりました。
仕事と家庭の両立にも熱心で、その姿勢が評価され、2017年度には「ベスト・プラウド・ファーザー賞 in 関西」を受賞しています。
休日には家族でテニスを楽しんだり、旅行に出かけたりするそうです。
また、琵琶湖の沖島で家族と一緒に鮒寿司を仕込むなど、地域の食文化も大切にしています。
三日月大造の学歴
三日月大造さんの学歴は
小学校:京都市右京区広沢小学校(2年時に転校)
大津市立日吉台小学校
中学校:大津市立日吉中学校
高校:滋賀県立膳所高等学校 普通科
大学:一橋大学経済学部
となっています。
幼少期は京都市右京区で過ごし、京都市右京区広沢小学校に入学します。
しかし、小学2年生の時に大津市立日吉台小学校に転校しています。
三日月さんは出身地が滋賀県大津市になっているのですが、生まれは京都市なのかもしれませんね。
そして、大津市立日吉中学校へ入学しました。
軟式野球部に所属しながら生徒会活動にも力を入れました。
その後、滋賀県立膳所高等学校に進学します。
硬式庭球部で汗を流しながら、生徒会長も務めています。
高校卒業後は、一橋大学経済学部で石弘光教授のゼミで財政学を学びました。
体育会硬式庭球部でも活躍しました。
実は、大学時代に指導教官の石教授から
と言われたことが、その後の人生を大きく変えることになります。
学生時代に教授から政治家にむいると言われるなんて、どんな学生だったのか気になりますね。
三日月大造の経歴
三日月大造さんの経歴は
1994年:西日本旅客鉄道株式会社(JR西日本)入社
1999年:労働組合活動
2003年11月:第43回衆議院議員総選挙 初当選(滋賀3区・民主党)
2005年9月:第44回衆議院議員総選挙 2期目当選
2009年8月:第45回衆議院議員総選挙 3期目当選
2012年12月:第46回衆議院議員総選挙 4期目当選(比例復活)
2014年5月:衆議院議員辞職(民主党離党)
2014年7月:滋賀県知事 初当選
2018年7月:滋賀県知事 2期目当選
2022年7月:滋賀県知事 3期目当選
2022年12月:関西広域連合長に就任
2024年11月:広域連合長に再選
となります。
それでは、詳しく見ていきましょう。
西日本旅客鉄道株式会社(JR西日本)入社
他社からの内定を辞退し、1994年にJR西日本への入社します。
JR西日本では、自ら希望して広島支社に配属されました。
岩国駅で改札係として勤務する中、1995年に阪神・淡路大震災が発生します。
三日月さんは支援業務を志願し、新長田駅と神戸駅の仮駅舎で2か月間、復興支援に携わりました。
その後、運転士への道を選び、山陽本線の岡山-徳山間を走る列車のハンドルを握ることになります。
実は、広島運転所への配属は、人事課長が当初難色を示していたそうです。
というのも、その当時の広島運転所は労使関係が複雑で、数年前にストライキも起きていたからです。
しかし三日月さんは、直談判で自らの意思を通し、組合員との対話を重ねながら信頼関係を築いていきました。
その後、広島支社営業課のスタッフを経て、本社の総合企画本部グループ経営推進室に異動します。
1999年からは、西日本旅客鉄道労働組合中央本部の青年女性委員長を務めることになりました。
同時に、日本鉄道労働組合連合会の青年・女性委員会議長も兼務し、労働運動の最前線で活動します。
衆議院議員
2002年、政治家を目指して松下政経塾(23期生)に入塾し、翌年5月に早期修了を果たしました。
そして2003年11月、第43回衆議院議員総選挙に民主党から滋賀3区で出馬し、見事に初当選を果たします。
国会議員としては4期10年半にわたって活動し、特に国土交通政策や観光政策に力を入れました。
民主党政権時代には、国土交通大臣政務官や副大臣として重要な役職も務めています。
滋賀県知事
2014年、三日月大造さんに大きな転機が訪れます。
当時の嘉田由紀子知事の後継指名を受ける形で、滋賀県知事選への出馬を決意したのです。
民主党を離党して無所属で臨んだ選挙戦では、「チームしが」という地域政党の支援を受けました。
湖南の都市部を中心に支持を広げ、約1万3千票差という接戦を制して初当選を果たします。
知事就任後は、「もったいない県政」や「卒原発」という前知事の政策を引き継ぎながら、独自の色も出していきました。
2018年の知事選では与党からも支持を受け、2022年には3選を果たしています。
現在は関西広域連合長も務め、より広域的な視点での行政運営にも取り組んでいます。
三日月さんの政策の特徴は、環境保護と経済発展の両立を目指す点にあります。
特に琵琶湖の環境保全には力を入れており、マザーレイク21計画や内湖再生プロジェクトを推進しています。
実は三日月さんは、琵琶湖の沖島で自ら鮒寿司を仕込むほど、地域の食文化にも造詣が深いのです。
2019年には龍谷大学農学部の客員教授も務め、SDGsに関する講義も行っています。
家族を大切にする姿勢も評価され、2017年度には「ベスト・プラウド・ファーザー賞 in 関西」も受賞しました。
テニスと旅行、版画が趣味という三日月さん。
キウイフルーツとトンカツ、地元の鮒寿司をこよなく愛する姿は、親しみやすい政治家像を印象づけています。
まとめ
滋賀県知事の三日月大造さんの学歴や経歴についてお伝えしました。
2002年にがんで父親を亡くした経験から、「有限の生を完全燃焼させる」という強い信念を持っているそうです。
妻と2男1女の5人家族で、公私ともに充実した日々を送っている三日月さん。
これからも滋賀県の発展に向けて、精力的に活動を続けていくことでしょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。